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février 18, 2005

026_カニはだめよ

上海虹橋空港。上海からの国内線の空港です。

そこのチェックイン・カウンター。

ここにはこんな張り紙が ↓

kanidame


要は「カニはダメよ」というやつ。

ここでのカニはもちろん【上海蟹】を指します。

(本当は【上海蟹】が正式な名前じゃないのですが、それはまた次の機会に)


上海で名物上海蟹を買って帰ったけど、家まで待ちきれずに、機内で上海蟹を茹でたり、蒸したり、食べたり、脚をチューチュー吸ったり、その甲羅に白酒(高粱などで作った中国の透明なお酒)を注いで呑んだり、そんでもって気持ちよくなって唄ったりしてはいけない、ということですね。

わおんた

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février 15, 2005

025_わおんた的横浜生活 その5(なくなる映画館たち)

mga「わおんた」です。

2005年2月。この月は一部の映画ファンには忘れられない月となりそうです。


関内・伊勢佐木町地区にある3つの映画館が無くなってしまうのです。


ひとつは【関内MGA】(昔の関内アカデミー)、

ひとつは【横浜日劇】、

そして【シネマジャック&ベティー】。


関内MGAはいわゆる単館的な映画館ですが、シネスイッチ銀座などで上映されている映画を流したり、「華氏911」や「誰にでも秘密がある」などの話題作からややマイナー系まで幅広く扱っていました。

横浜日劇は封切館でもありますが、特色は、永瀬正敏主演の「濱マイクシリーズ」の舞台にもなったそのレトロな外観。”Cinema Scope”と書かれた、地元民には余りに有名な入り口は、昭和30年代からほとんど変わっていないそうです。

そして、私が最も足を運んだのはシネマジャック&ベティー。ここには2つのスクリーンがあり、ジャックの方は企画モノ、ベティーの方は日本やアジアのマイナーな映画を中心に上映していました。


シネマジャックの企画モノは、まさに私の神経にズンと来るものがあり、日本の昭和30年代~40年代の映画を中心に、企画に沿って何日間か上映していました。もっとも足を運んだ時期は、5年ほど前の「市川雷蔵特集」で、60本の作品のうち50本近くを見に行ったものです。


「レンガ積上映」という言葉もこの映画館で知りました。これは、2本立ての上映方法のひとつで、Aという映画を4日、Aの3日目から同時上映のBを4日間、Aが終わるとCを4日、Bが終わるとDを4日。Aと同時上映の映画は2日ですが最後にも2日上映し合計4日。これがレンガを積んだ形に見えるから名づけられたのだと思います。


確かにみんなお客の数が少ないし、近くにはTsutayaが出来たし、経営が立ち行かなくなってきたのはよく分かりますが、私としてはビデオ屋があるからといってシネマジャックで上映していた映画を見るわけではありません。

映画館で企画をしたから、それに乗せられて見に行くから楽しいのです。

それが歩いて10分のところにあるから、うれしいのです。

確かに私も最近はそれほど通っているわけではありませんでした。そこには反省すべき点があります。

だからといって、「なくなってもいい」とはひとことも言っていません。

もし、この跡地につまらんチェーン店やマンションになったら、「横浜の良さ」がどんどん廃れていくのじゃないですか?

映画館だって会社なのだから経営上しょうがないじゃん、という人だっているでしょう。

でも、映画館は文化の担い手であり、経営者の都合や一存で決められるものではないのでは?


横浜市も雑誌を作って(【横浜 YOKOHAMA】)、過去の栄光を懐かしむのも大いに結構ですが、文化はいまも崩れているんですよ。


このままではフツーの地方都市と同じですよ。

クレイジーケンバンドに【G30】*の歌を作ってもらって悦に入っている場合ですか?
東京の文化のお古を貰って来て「横浜初登場」なんていってまだ喜んでいるのですか?
横浜のいいところは、山下公園や外人墓地だけじゃないんですよ。
応援するのは、カレーミュージアムやベイスターズだけじゃないでしょ。中田市長。


わおんた

(*【G30】横浜市のごみ減量キャンペーンソング。「ジーサンジュウ」とも読むし「ゴミゼロ」とも読む。)

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février 11, 2005

024_しばねえさん日記

「わおんた」です。

3ヶ月前、会社からの帰り道にふと寄ったペットショップ。そこには一匹の柴犬がいました。
去年の5月に生まれ、生後半年。メス。7万8千円。


でも、その柴、毛色が薄茶色で顔がキツネっぽくて何か雑種みたい。
かろうじて尻尾がクルンとなっているところが、柴のアイデンティティーを保っているという感じでした。


しかも、その柴、誰にでも懐いて手や顔を舐めるので、ますます柴犬っぽく見えません。
でも、おとなしく落ち着いていて、他の犬が騒いでいても何事もないかのように、悠然と座っていました。

そして1ヶ月後。まだ居た。


さらに1ヵ月後。まだ居た。しかも値段が4万円台に下がって。


そして、昨日。仕事が終わって、ふと「あの柴どうしているかな」と思い、また行ってみました。


まだ居ました。


店の中に入ったのはあれ以来初めてですが、なんか疲れきった顔で寝てました。


店員さん(男)とちょっとおしゃべり。


「売れてないですよね・・・」


「柴に見えない風貌と、哀愁漂う顔がいけないんでしょうかね・・・。だよな! しば!ねえさん!」(名前がつけられないので、こう呼ばれている)


「となりの柴犬(新人)と比べると、違いが一目瞭然ですよね」


「損してますよね、なんか」


確かに、となりの新人柴は、「私は正統派よ」という感じの濃い茶の正三角形顔で、色の薄い【しばねえさん】はキャラも薄く見えてしまいます。


でも「しば」とか「ねえさん」とか声をかけると、柵から跳び出さんばかりにはしゃぐ。

店員さん(男)が寄るとすごくうれしそうにする。

店員が抱き上げると安心したようで、哀愁漂う顔からやや誇らしげな顔になる。

抱っこが終わりそうだと落ち着かなくなる。

「犬の感情って、こんなに分かるもんなんだなあ~」(この犬が単純なだけかもしれないが)。


犬を飼ったことがない私にとっては、ここまで犬の感情が表れるとは思わず、ちょっと驚きました。


「この犬、飼(買)いません?ワクチンも終わっているし、こういう犬だから初めての人にはとても飼いやすいですよ。」

「いや、うちは犬を飼えないんですよね」

「けっこう好い犬なんですけどね・・・」

ペットショップで、9ヶ月もいれば古株で、お局の風格十分なこの柴。


店員さん(男)は「早く嫁入り?しないかな」と言いながらも、この柴がかわいくてたまらない感じ。


逆にもう売れて欲しくない感じすらしたりします。


売れてくれないほうが、うちの看板娘になってくれていいのかも、とすら思っているようにも見えます。


売れちゃう日には、店員さん(男)は、嫁の父親のように「うれし泣き」か「さびし泣き」をしてしまうような気がします。


私も「もらい泣き」をしてしまうかもしれません。


わおんた

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